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kazuya in Montreal -Awesome or Idiot?- Seize the dream or Die 6/7/2009 休日激動の先週に比べて、今週はとてもゆっくり。
毎朝ゆっくり寝て午後から授業。
金曜日はそのクラス一行で、遠足としてモントリオールのボタニカルガーデンという公園中にある日本庭園に行ってきました。
呑気に34人の生徒とのんびりお話して、そして夕方に帰りました。
そしてその次の日は、先述の日記にも登場した、世界トップのMcGill大学心理学部でご夫婦で教授をされている、Takane先生、Oshima先生のお宅でディナー会。
日本人の大学院生一同を招いて頂き、美味しい日本料理をふるまってくださいました。
北アメリカで頂点に上り詰めた彼らは、まさに僕のアイドルな訳だが、またまた刺激的な話をたくさんしてくださった。
数々の研究についての話に加え、特に面白かったのが、初めてMcGillに来たときにいきなり250人のクラスを任された話。
先生でも緊張され、授業で話す言葉一言一句全て覚えたらしい。第二言語でアカデミアで生きる事の大変さを改めて教えてもらった気がした。
そんな先生ご夫婦も、もうあと2年で定年され、そしてその後はバンクーバーで過ごすらしい。
「これからはあなた達が引っ張っていってくださいね」
そう優しく声をかけてくださる先生方をみて、僕は研究者という仕事が世界で一番かっこいい職業だと改めて思った。
かずや
5/30/2009 ついに始まった!カナダのオタワ、Carton Universityの268教室は満杯、立ち見が出るほど埋まった。壇上に上がった僕には、業界にいる最高の有名人がずらりと顔をそろえているのが分かる。
SLAからはLightbown教授, Spada教授, Gatbonton教授, Ranta,教授が一列に並び、PhoneticsからはMunro教授, Derwing教授, Levis教授, McKay教授の顔が瞬時に確認できた。もしSLAか音声学の学問の分野にいるものなら、信じられない面子である事が分かってもらえると思う。世界の言語習得研究、そして第二言語音声学を引っ張ってきた権威が、一気にあの教室に集まった。
そして最前列に、僕の発表するセッションの司会として、前カナダ応用言語学会会長、そして僕のアドバイザーである、Lyster教授が座っている。
無名であるはずの僕の発表に、何故こんな事がおきたのか。理由は二つだ。
1.同じMcGillで生徒なのに「L2 pronunciation, assessment」の分野で驚異的に売れ続けている、Taliaが、「今日、初めてpronunciation teaching & classroom-based researchを Kazuya Saito from McGill Universityが発表する」と2日前のシンポジウムで宣伝していたため。
2.僕のアドバイザーLyster教授が、「ウチの生徒で面白いのがいるから、見に来てくれ」と前述のSLAのビッグネームにふれまわってくれたため。
一応、まだPhD一年目、単独の研究でMcGillからカナダトップの学会に来たのはもちろん僕一人のみ。それだけでも自分を褒めてあげたい、などと思っていたのは本の一瞬。それでは済まされない状況に胸が高鳴った。
Lysterは笑顔で、そして誇らしげに僕を紹介した。
"This is Kazuya Saito from McGill University. Today, his topic is commetucative focus on form and second language phonology"
100回は練習したが、とてつもなく緊張した(笑い)。そして一気に発表が終わると、そこからは人生の興奮の記録を塗り替える時間だった。
前述の教授陣から次々に質問が飛び、発表が終わると、彼らから握手を求められた。
もちろんトピックには自信があった。SLA,音声学のどちらにとってもかなり革新的なリサーチだったので、ある程度の期待はあった。
そして最近、担当するLyster教授が僕のプロジェクトに本格的に乗り気で、既に大量のお金を彼のグラントから投資していたおかげもあり、規模もかなり大きかった。
でも、当日の反応は思っていた以上で良し、であった。ワールドクラスの教授陣に、「名刺」替わりにKazuya Saitoを紹介出来たのは大収穫だったと思う。
ただこのプロジェクト、オーディエンスはこれで終わりだと思っているらしいが、来年の夏、このさらに進化版を、僕のPhD”最後”の研究として東京で実験を行うので、今から非常に楽しみです。
同時に、先週、応用言語学、第二言語習得論の世界では最も権威のある、Studies in Second Language Acquisitionという学術誌から、担当するLyster教授と共著、"Effects of oral feedback in SLA classroom research: A meta-analysis"の論文の2010年の出版が決まった。今年の3月、アメリカで最大の応用言語学の学会、AAALでEllis教授が特別講演で、出版が決まる前から、我々の論文を引用していたこともあり、既に次々のいろんな学者、教授から論文について質問が来ている。2010年は衝撃の年にしたい。
そして現在またLyster教授とともに、本のchapterを共著している。詳細は後ほど。。。
ついに始まった。アカデミアの世界に自分が出る。後には引けないし、引くつもりも毛頭ない。才能なんか全然なくても、「売れてやる」というこの気持ちと、ひたすら勉強と研究しまくって、アカデミアで、この北米で本気で生き残ってやろうかと今は思う。
少し疲れたので、今から12時間寝ます(笑い)
かずや
5/27/2009 決戦へ相変わらず、日記など書いている場合ではない時こそ、心の叫びにも似たおかしな文章が書ける。
そういう事で本日は学会出発直前、5月28日の夜に大学の自分のオフィスから日記を更新しています。
僕が高校時代欠かさず聞いていたラジオで、当時”売れかけていた”ナインティナインの岡村さんが、こう言った。
「僕ら売れたいという気持ちだけは絶対に誰にも負けない」
ナインティナインというコンビほど面白いコンビはいない。「クールにスマートに有無を言わさず面白い」というのではなく、「ガムシャラさ、すさまじい努力」で、無理やり強引にでも笑いを引き起こす。そこまで面白くなくても、その過程を視聴者が共有してしまう事で”面白く”なってしまう。
彼の言葉が今の僕には鳴り響く。
「売れたい」、この気持ちだけはこの業界、アカデミアで誰にも負けないと今は思う。
そんなこんなで明日、カナダ応用言語学協会が主催するカナダ最大の、Canadian Association of Applied Linguistics Annual Conferenceで僕の最新の研究を発表してきます。簡単に言えば、カナダで本格デビューなわけです。場所はオタワCarlton大学で行われ、モントリオールから電車で2時間。カナダ中の有名な教授が集まるので、良い名刺がわりになればと思います。またそのセッションを僕のアドバイザー、ロイ(同協会の前会長)が担当するので、面白いこと報告出来ればと思います。
かずや
5/9/2009 GTOカナダの大学は4月の中盤には終わり、5月からはまるまる夏休みです。
McGillのよいところは、夏も日本語のインテンシブクラス(集中講義)があり、お仕事に困りません。今は毎日2時間、週5日のクラスを教えています。NYにいた時も日本語を教えていたのですが、あの時にくらべ生徒のレベルが一段階ギアが上がっている気がします。例えば、最初の二日でひらがな、かたかなは全部終わり。三日目から黒板は全部ひらがな。「覚えておいてね」といったら、絶対に覚えてくるので、こりゃ簡単で爽快な訳です。McGillは大学院生じゃなく大学生で有名、と言われるだけあって、少し尊敬しちゃいます。クラスは34人のフルもいるけど、毎日毎日顔を合わせるので、早くも仲良くなりつつあります(笑い)。
そうこうしていたら、McGillで日本語講師デビューの去年(2クラス、70人教えました。。多い)、結構熱意を持って教えていた生徒たちが、夏休みに入る前に会いたいということでディナーパーティを企画しました。早速はりきって、アメリカナイズおすしを作り、みんなでめちゃくちゃ飲みました(笑い)。2クラスから同時に生徒が20人ほどきたので、本当に面白く、クラスでは話せないこともたくさん話しました(将来のはなし、くだらないはなし、猥談など。。)。
彼らによると、僕がたまに話す雑談がかなりお気に入りだったようで、例えばつい先程のアメリカに学会crazyツアーで、3つの大学を命からがら回ったときの話や、NY時代にアパートではなく1年間テントに住んでいた話、またまた日本での大学生活のはなしなど。でも一番のお気に入りは、みんな口をそろえて「バイク事故のはなし」。日本で毎日留学を夢見た頃(7年も前。。)、ある日偶然バイクの大事故に巻き込まれ、保険金が大量に入りアメリカにいけるようになった、そしてその日バイトの塾講師に、病院から直行血まみれで行ったはなし(日本では塾講師は勝手に休めません)。また、NYでも雨ですべって転倒し、また怪我のまま日本語を教えて生徒に大学側にレポートされたはなし。
冷静に考えると、ホント変なはなしばかりしました(すみません)。それで生徒は「GTO」を真似て、「GTK」のカードを送ってくれました。
ただ一人の女の子が、「オニヅカは一度も事故ってないけど、カズヤ先生はいつも事故ってる」っていわれました(笑い)。。
GTOは実は全部読んだ。そしてたくさん考えさせらた。というのも、GTOのオニヅカを見ていると、本当に「ウマい教師」だと思うからだ。僕が理想の教師だと思う2つの条件を、完全に兼ね備えている。
1.誰にでも分かり易く、自分の”カリスマ”(他人が絶対にまねできない、尊敬に値するもの)を一瞬で見せる。
2.生徒は先生に「友達」を求めていない、それを知っているうえで、「先生ではない先生」を演じられる。
この2点を兼ね備えた教師は僕はこの目で滅多に見る事はない(知る限りひとりのみ)。一つ目のカリスマ性は真面目にただ勉強してきた先生ではまず無理。二つ目のギリギリのラインの見極めは完全に才能の世界。
McGillでGTKになれるかな?最初の生徒が送ってくれたカード。これが僕のここでのもう一つの大きな目標。
「McGillにハンパじゃない教師がいるらしい」、こういわせたい(笑い)。。
ふと思ったんですが、研究で有名になりたいのも、GTKになるための第一歩目な気がしてきた。
最近アルクのヒヤリングマラソンでコーチとして原稿を書き始めました。
是非リスニング力を上げたいひとは、注目して下さいね!
アルク1000時間ヒヤリングマラソン
英語の音入門
4/25/2009 おめでとう最近いろいろな人たちがいろんな新しいスタートを切るそうで、非常に楽しみです。
このブログでも何回か登場していて、本当にお世話になっている日本のSLAの星、中田達也さんがNZのPhDに移籍することなったと報告が!本当におめでとうございます!優秀な研究者はどんどん海外へ行って、日本人の名を広めてほしいので本気で応援しています。
英語を学ぶすべてのひとたちへ
最近すごく思うのが、本当に海外でResearchの経験を積んだ若手が、将来の日本の教育システム形成に携わるべきだということ。
こうしたアカデミアの世界で揉まれた優秀な研究者が将来日本の教育改革の中枢に入っていければと強く感じます。
McGillのPhDは2年目からまさにレース。お仕事、お給料を稼ぐ、TA shipや RA ship、それ以外の生活費などをカバーするFellowship、リサーチをするお金であるGrantなど
、一応全て充実しているのだが、全部に厳しい選考レースがある。タダではくれない訳です。そんなこんなで、毎週毎週学内の様々なチャンスに応募し続ける毎日。今同じ学部の同期は30人もいて、最終的に生き残っていくのは何人いるか分からないけど、こういう経験はアカデミアの世界で大切だと思う。アドバイザーであるRoyは3年でPhD卒業を強く推薦しているので、あと残り2年ですかね。
Montrealの今日の気温は何と27度。ちょっと前までは毎日零下だったのに、エライ違いだと思うわけです。
今近くのカフェでのんびり日本のアルクに送る原稿lを書いているのですが、周りは全員フランス語話してて全く意味不明です(笑い)。
3/15/2009 全開!!27歳最後の一週間。3つの大学で行われる学会で、3つの異なるプロジェクトを発表する。これが無理でもなんでもどうしてもやる必要があったし、やらないと前に進めないそんな難題だった。
そして一気に全てを駆け抜けて、今人生で一番濃厚で、衝撃的で、大切なそんなふざけた一週間がよーやく終わった。
3月6日の朝アムトラックで14時間かけ、マンハッタン入り。久しぶりに立ったアメリカの空気を吸った瞬間、体が身震いした。
昔のルームメイトの一人(僕は昔6人のアメリカ人と住んでいた!!)、今はブルックリンに住むJoshの家に泊まって、昔話に花が咲く。
3月7日早朝、アメリカ名門Columbia Universityで行われたNY TESOL conferenceで発表。発表中からかなり手応えがあり、その後の反応は自分で言うのもなんだが人生で一番よかった。U of Penから来た教授からは"When are you going to publish this?"という最高の言葉をもらった。興奮冷めやらぬ中、今はNYで働く、MAの同期のTingとお茶。彼女は結婚して、今はしあわせだそうだ。その後はこれまた友達のRachelと合流して、マンハッタンの夜を大いに楽しんだ!
3月8日にマンハッタンからフィラデルフィアに移動。そこでこれも昔のルームメイトの一人Benの家に居候。もちろん昔話、今の仕事の話、猥談(?)などなどで盛り上がる。
3月9日はフィラデルフィアのダウンタウンで一日中、日本のアルクに送る原稿を書いて、ぶらぶらして終わり。
3月10日にフィラデルフィアから、バルティモアへ移動。これまた昔、19歳のアメリカ人の女の子と一緒に住んでた時期があり、その家族と非常に仲良く、彼女のお兄さんMattが今住むバルティモアのアパートに居候。
3月11日はバルティモアのダウンタウンで一日中、13日のプレゼンの準備、書いている最中の論文の調整など。夜Mattの家に戻ると、何と彼の家族が突然のバルティモア訪問!偶然にも全員に会えた!
3月12日はバルティモアからワシントンDCにMattの家族と共に移動。ホワイトハウスなどのおなじみスポットを観光し、夜はみんなと別れてホステルへ。10人が一緒に寝る牢屋みたいな部屋で就寝、決戦に備える。
3月13日。ついにSLAの最も権威ある学会の一つである、Georgetown University Round Tableにやってきた。Nick Ellis, Bill VanPatten, Ellen Biolystok, Rod Ellisなど、この世界でトップの学者が一同にそろっていた。人生で一番緊張した僕の発表は、無難に終わった。。(汗)。。そして終わった瞬間、荷物をまとめて、タクシーに飛び乗り、ワシントン国際空港に直行。そして一気にモントリオールに飛び返る。
3月14日。教え子の日本語スピーチ発表会に顔を出した後、走ってついにMcGill Universityで行われたEGSS Conferenceで発表。自分の発表のぎりぎり直前での到着だった。昔の同僚、バッファロー大学の友達も発表に来ており、なつかしの挨拶を済ませると、自分の発表へ。
3月15日。全てが終わり、あまりに疲れて17時間眠ってしまった。。(笑い)。。。
もちろん今回の旅のメインは学会だったのだが、一つ妙な事に気付いた。「この地で生きていけそうだ」、そんな不確かだが、かすかな光が見えてきた今、僕の話を聞く昔の友達の対応は少し違っていたのだ。
僕がどんどんと変わっていく様子を、みんな面白おかしく、そして嬉しそうに聞いている中で、一つだけ今までと違ったのは、彼らが僕がこの地で生きていくことを、完全に「期待」し「当然」として話してくれているということだ。こんな感覚は正直今までなかった。僕はそれが心地がよくて、それぞれ久しぶりに出会った友達と話が尽きることはなかった。
僕は今この「北アメリカという地にいること」が、ついに「日本にいること」より重力を感じなくなった。
「日本に対する思い」とここ「北アメリカに対する思い」が完全に逆転していることに気付いた。
この27歳後の一週間の旅に出る直前、あまりのスケジュールに呆れた知り合いが、「そんなに忙しかったら、30でも40でもいつまででも忙しいだろキリがねえ」って一言。
僕の返しは、「そんなはずねーだろ??」。
30台、40台、こんな無茶はもう出来ない。体がもたないし、また社会の常識がそれを許さない。何も考えず、ただがむしゃらに突っ走れるのは、20台だけだと僕は思う。また僕はとっくの昔に、30台、40台は全く別のゴールを夢見ている。でもまずは20台。残された時間は、もうあと2年。いけるか、いけないか。ギリギリのラインを考えながら、生きていこうと思う。
ところで毎回思うのだが、こういう思考回路、そう珍しくないみたいです。アメリカ人も日本人もどちらの友達も結構僕と同じこと考えているみたいですね。
みなさん、人生に迷ったときはモントリオールまで遊びにきてね(笑い)。
今日モントリオールは快晴。そして春を感じさせる暖かさ。
今まで言ってなかったですが、ここの春と夏は地球上で最も快適で素晴らしいんです。
NY TESOL
GURT2009
かずや
2/8/2009 アメリカへ!-戻ってきたあの感覚-昨日Columbia University (日本のみなさんには宇多田ヒカルで有名??)で行われるNY TESOL Applied Linguistics conferenceに、現在自分がもう一つ手がけているプロジェクトである"The Impact of English-specific Segmentals on Mutual Intelligibility"の論文が通りました。そこで3月7日にNYで発表することになった訳です。
ふと気付いたのですが、3月13日にはワシントンDCのGeorgetown Universityで発表がある訳であって、1週間に2回の発表、またアメリカーカナダ往復は無理!ってな事に気付いた訳です。ただその3秒後、「いや、無理ってなんだよ?誰にとって無理なんだ?死ぬ気でやれば無理なはずないだろ!」ってすぐに思い返しました(笑い)。。
早速ColumbiaにOKの返事を送り、プランを練り直し。3月6日(木曜日)にマンハッタン入りし、7日(土曜日)にColumbia Universityで発表。その1週間後、3月13日(金曜日)DCGeorgetown Universityで発表。アメリカ一週間滞在。。どうせならNYとDCの間にすむ友達の家を渡り歩くのが「伝説」かな、と思い、一気に連絡を取り合いました(笑い)。みんなも計画の全容を聞くと、”finally back to the USA!! As USUAL you are crazy!!”と嬉しいお言葉(笑い)
結局、以下のスケジュールに決まりそう。。
3月6-8日、マンハッタンで発表と滞在 8-10日、フィラデルフィアに滞在 11-12日、バルティモアに滞在 12-14日、ワシントンDCで発表と滞在
ちなみに移動の電車はモントリオールーDCで24時間かかります(涙)。でも相当楽しそうで、また学会で緊張もするからめちゃくちゃHighになりそう。
そんなこんなで興奮していたら、もう三つ結果が来た。
一つ目は、現在いろんなプロジェクトと同時並行で、博士課程の早期卒業に向け、現在論文のデータ採取を行っているのだが、そのプロジェクトの要旨をもう書いてカナダ最大規模のカナダ応用言語学会に出して、それも結果が来てパス。。。そこで5月27日に今度はオタワで発表。逆にそれまでに終わらせなきゃいけなくなってしまった。
二つ目は冬に書いたパイロットの論文を、スーパーバイザーのRoyが気に入って、一緒に書きあげて大手の学術誌に出さないか、との提案。そしてもちろん承諾。現在完成直前。出すところや、通るかどうかまでもう大体分かっているのですが、詳細はまた後ほど。
三つ目は、ずっと交渉していた日本の英会話学校からどかーんと100人分の先生のデータが送られてきた。あとは一気に分析、そして出版に向けて論文執筆開始。
て、、、、今自分は何個プロジェクトを抱えていて、一日24時間として、現実的にどこまで達成可能なのかぞっとした。そして達成できなかったら、それで自分はそんなもんだと、人生終わりだと思うとさらにぞっとした。
最近ではしばらくなかった、現実的に無理なスケジュール。そしてようやく、よーーーやく、よーーーーーやく、あのスピードを限界まで上げる生活が戻ってきました。体がギシギシきしみながら、「何でこんなことになったんだろう」って何度も思い返すあの感覚。McGillで落ち着きかけてきた今、どうやら「昔」の自分に戻ってきた感じです(笑い)。
同僚の一人が、恒例のごとく「オマエはもう学者じゃない」って一言。 そして僕の返しは、「そもそもオマエにとっての学者ってナンだ?」の一言。
誰もが無理はしたくないし、年をとればとるほど、したり顔で人生を語りたい。若いやつを見れば、余裕を見せたいし、えらそうに語りたい。 お金も安定したいし、家族なんかも持ちたい。子供なんかも作って、エラそうに教育したい。簡単に言えば、「落ち着きたい」訳だ。
でももし自分が望んでいることが果てしなく大きいもので、また自分にそれを達成できる才能がないなら、人はどうすればいいのだろうか。 たぶん答えは、いや常識的なフツーの答えは、「あきらめろ」なんだと思う。あきらめて、「そんな事考えなかった、夢なんて見なかったことにしろ」なんだと思う。
でも僕は死んでもあきらめない。絶対にフツーじゃない事をして、絶対に有り得ない事をし続けて、この場所に死ぬ気でむさぼりつき、はいつくばってでも生き残りたいと思う。もしこれが「レース」だと知ってそれに参加したんだったら、絶対に勝たなきゃいけないんだ、って今は強く思う。
よく精神的に自由であるはずのカナダ人からも、「オマエはちょっとおかしい」って言われます(笑い)。
でも、僕は本当におかしい事を言っているのか、とも逆に吐くようにも思う。
事実としてMcGillのウチの学部の教授をずらっと見たら、アジア人は一人もいない。ここのトップには誰一人も残れていない。過去何人もが人生を賭けて挑戦し、全員去っていったわけだ。そう、これが現実な訳です。
あそこに自分が数年後立つのであれば、本当に立ちたいと焦がれるのであれば、フツーにやっていては絶対に駄目だと思う。どんなに見苦しくても、どんな手段を使ってでも、僕はあきらめずにあの場所へと這い上がらねばならない。
改めて、僕は周りの反応とは裏腹に、自分が思うこの気持ちに確信を抱くわけです。。
そんなこんなの27歳最後の2月のある日曜日。 今日のモントリオールは少し暖かく、日も照っています。
かずや
ps。左がColumbia Universityで、右がGeorgetown Universityです
1/8/2009 英語についてアルクのEnglish Journalから執筆の依頼があり、日本人の学習者のための最も分かりやすく、かつ科学的なデータに基づいた効率的な発音Practiceについて、10ページほど記事を書かせていただいた。全国誌なので、是非本屋さんで見て頂きたいです。日本人にとって最も問題な発音問題トップ8に絞り、簡潔なルール説明、練習問題、そしてCD音声もあるので、英語力が大きく変わると思います。ちらっと立ち読みなら、こちらのリンクまで。
実際世界でもトップの心理言語学の研究が出来るMcGill大学は、本当に刺激に満ちている。今こちらの研究員としてのテーマは、ずばり「人間はどのような教育を受ければ、第二言語の発音が上達するか」というもの。音声学、第二言語習得、英語教育など様々な分野が交錯する面白いフィールドです。驚くべきなのは、この分野は完全に未開拓。文法や単語の研究は山ほどあるが、発音については誰も手をつけていないのが現状。実はこれ、日本のみなさんも実感できるかもしれない。例えば、英語の文法や単語は山ほど知っていても、発音のルールを知っている人はほとんどいないと思う。毎日英語を話していれば勝手にうまくなる、って本気で信じている先生も大変多い。
僕は初めてアメリカに来たとき「発音」で挫折した。文法単語は完璧にしてきた自信があったけど、発音は全く手をつけていなかった。言いたいことが全然伝わらない。実は発音こそが本当の英語のコミュニケーションでは一番大切だということが、アメリカに来て初めて分かった。考えてみれば当然かもしれない。聞こえなければ、伝わらないのだ。また特に日本語のように、第二言語の英語に比べて音声構造が大きく異なる場合、しっかりとした教育を受ける必要が出てくる。もし日本がこの先「コミュニケーション」を英語教育に追い求めるのであれば、「発音」は必ず大切になってくるはずだ。
僕は将来の日本の英語教育シラバス作成にかかわりたい。そのためには世界で最も競争が激しい北アメリカでのアカデミィアで戦い抜き、自分の知識、研究力、全てを最高潮まで上げたい。これは暴言かもしれないが、本当に毎日英語を使い、またその場所(アメリカ、カナダなど)で生き抜いた、そんな経験をもつものが、将来の英語教育に携わっていかなければならないと思う。だかこそ僕はこの地で英語、文化、本気で向き合い、そして一人前の人間とならなければならない。
明日、McGillでの最初の実験のプレゼン。教授が僕にどれだけ研究資金を投資するかそれで決まります。
こういう生き方を選んだことについて、「よくそんなギャンブル出来るね」ってあきれ顔で言われることがよくあるけど、今強く思うのは「他人と違うものを夢見ているんなら、絶対に普通に生きていたら駄目なんだよ」ってことだ。
モントリオール、今全力で雪が降ってます。ここの冬は厳しそうだ。
かずや
12/22/2008 Northtown Christmas今日はモントリオールのさらに北にある歴史あるQubec Cityという町にクラスメートと旅行してきました。
北アメリカで随一の歴史ある町で、ここは完全に町並みがヨーロッパ。しかも言葉はフランス語のみ。思えば8月にモントリオール入りしてから、初めてのカナダ旅行。本当に素晴らしいの一言。いろいろショッピングしたり、美味しいご飯を食べたりと。少し早めのクリスマスのお祝いだったです。
今はモントリオールに帰り、論文の最終調整。先ほど一つ目の論文が学会に通った知らせが入り、この世界では超有名人、Ellis教授とVanPatten教授の前で発表出来ることになりました。3月で、場所はアメリカ、ワシントン、ジョージタウン大学。最高のクリスマスプレゼントをもらった後は、09年に向けてガンガン加速してきます。
かずや
12/15/2008 夢McGillの博士課程は本当に自由で、クラスを何クラスとるか全て自分次第。この時間どう使おうと、自分次第。何よりも前に出るためにどんどん研究、プロジェクトをして学会に出て論文出版して。そんな驚異的なアグレッシブな連中(僕の同僚も含めて。。。笑)がごろごろいる、そんな世界です。
そんなこのセメスターも今日で終わり。先ほどアドバイザーroyの授業の課題だったプロジェクトを提出したら、"are you thinking about publishing this?"といきなりアグレッシブなコメント。前へ前へ、常に前へ。生徒でも教授でも誰でも周りはこんな調子で、実はこの面白さが僕がこの世界が大好きな一番の理由。今も論文3つ同時に書き、また来年は2つのプロジェクトを実際行うことになりました。09年は売り出したい、と思うわけです(汗)。
しかしこのセメスター一番衝撃的だったのは、それよりも何よりも僕がもう一つとった授業ほうで、その名はStatistics。そしてその教授が何と、日本人なのです。Takane先生という方で、心理統計学では本当に世界的有名人なのです。もう定年に近いということですが、毎年4つ5つがんがん論文出版し、今でもガンガン世界をリードしている。まずMcGillの教授になるのも大変なレースがあり、またそれをカナダ人ではない日本人で成し遂げた。僕は初めて自分の「夢」を実現している、そんな実物を目の前で見せられた気がしたのです。
先生の授業はこれも衝撃で、ともかく生徒(20人くらい)は必死で3時間先生の一言一句を聞き逃すまいと必死。
先生はノートも何もみず、大切なポイントだけを明確に授業する。いつも授業が終わると、みんな心から疲れる(笑い)。毎回の密な授業、2つの試験を乗り越えたころは、もう誰もがどれだけ授業から学んだかに感動させられる。日本人でこれだけの仕事が出来るのは、僕はすごいことだと思う。
一度セメスター中に日本人同士のディナーパーティーがあり、先生が来た。早速僕は隣に座り、せっかくのチャンスと思い、日ごろの思いも含めたくさん質問をしてしまった(すみません、、汗)そうすると先生は、どうやってここまで自分が来たのか、一体北米のアカデミィアに教授として生きていくにはどうゆうことなのか、たくさんたくさん話してくださった。
日本人で世界の舞台に立ち、そして自分の力一本で教授になる。
僕は自分の見ている「夢」を改めて確認させらた。
本当に自分はこの地で一人前になりたい、そのためにここに来たんだ、そう改めて思った。
たぶん、この話、普通に日本にいる誰にも理解出来ないことだと思う。でも同時に、自分の夢は、もう誰にも理解出来ないそんなものへ向けられているという事が、今は明確に分かっている。そんなもう誰にも分からないそんな世界で、僕は今強く心に抱くこの「夢」が本当に叶うのかどうか本気で見てみたい。
ま、こんな日本語で訳分からない話が出来るのもここだけ。
今どうやら日本にいるみんなも人生の最初の佳境を迎えているっぽい(汗)
もしみんな人生に迷ったら、モントリオールに遊びにきてください(笑い)
そんなこんなでモントリオールは今前面雪景色。
綺麗なんだけど寒い。困ったもんです。
かずや 11/30/2008 常識と非常識ふと、20代前半で日本を離れて生活するようになってからの自分を考えてみました。そしたら、多分自分は同世代の誰よりも人生が転換してると分かりました。
たとえば、アメリカに渡り1年間精一杯文化につかり、慣れてきたな、と思ったら日本帰国。
日本でTOEIC講師を修行しだして慣れてきた半年あたりで、アメリカ帰国。
アメリカで大学院レベルでパフォーマンスすることに1年半年走り続けて、慣れてきたあたりで日本帰国。
週休ゼロで朝から晩まで日本で働き続け、ようやく仕事(英会話)に慣れてきたあたりで、今度はカナダ帰国。
自分が身を置いた環境は結構劇的に違うので、身をもってそれぞれの場所にはそれぞれのルールがあることを感じました。その場所にずっといる人にとっては「常識」でも、ゼロから入っていくと本当に新鮮で、また慣れるまでに最低がむしゃらにしても半年はかかるわけですね。
カナダに来て直後、やはりいろいろ「常識」とされていることが自分にはなく四苦八苦しました(今もしていますが。。)。
たとえば、「安全性」。
来て初日に自転車が盗まれたのは序の口、そして日本から自分宛てに送った郵便物が全て盗難にあい、一気に無一文になりました。
そしてここからが日本と大きく違うのですが、まず警察はこういった日常茶飯事には耳を傾けず、郵便局のカスタマーサービスは最悪で、「運悪かったですね」ということで調査する仕草もない。
これに怒っているのは実は自分だけで、周りのカナダ人は「郵便物が盗まれるのは、常識だから仕方ない」、となだめられちゃいました。
そんな自分のカルチャーモードを調整していく作業が、少し苦痛でもあり、でも面白くもあり、本当に文化とは深いものだと考えさせられるわけです。
かずや
11/4/2008 From Montreal本日東京で仕事させていただいた、銀座の英会話学校からハロウィーンのメッセージカードが届きました!本当にびっくりで、昔いろいろお話した生徒さんからメッセージをもらい、非常にうれしかったです。本当にみなさんも頑張っているんだなあ、って改めて思いました。相変わらずいろいろKANO先生ありがとうございました。
あれから本当に時間がたつのは早いもので、今では頭が完全にカナダ、アカデミィアモードです。本当に毎日それしか考えていない、ような生活です(笑い)。また本当にそれが自分が一番好きなライフスタイルであることも気付きました。現在1本論文が書き終わって、師匠のRoyのアドバイス待ちです。そこまでで同僚によんでもらったりするんですが、例のアツい日本人Masatoshiも含め、やはりここにいる連中はヤバイですね。世界クラスのJournalで出版することを当然としている。自分もこの波にのれるように頑張らないといけません。今はメインにはともかく論文書いたり、勉強したり、テーィチングしたりしています。日本の仕事は前回お世話になった英会話学校の発音DVDのアドバイザーとして編集に携わらせて頂いて、またアルクのEnglish Journalで来年記事が出ることになりました。日本との接点は本当に大事にしたいと思います。
モントリオールは何がいいかというと、やはり人ですね。みんなバイリンガルが当然なので、フランス語、英語を話しても日本語を話しても何語を話してもみんな驚きません。僕にとってみると、みんなが第二言語で英語を話すことに慣れているため、ほんとうに誰とも話やすい。アメリカだと意外にもアクセント付きの英語は、「おおっ」ってなる傾向がありましたが、ここモントリオールはみんなが言うとおり本当のMuticultureだと感じています。しかし、久しぶりに自分の人生が落ち着いてきたな、、と今一番強く思いますね。NYでは次の進路のことばかり考えて、東京に帰ったころは一日15時間くらい働いて。今は本当に好きなことだけやってる気がする。。。
まだまだ面白いことが報告できるように頑張ります!
早く世界Journalで論文を出版するぞ。。
かずや
8/30/2008 Good Bye, TOKYO!今現在Montrealで落ち着いてきました。来週からスタートです。日本語の授業を担当することなったけど、週に2コマだけ。後はAdvisorのRoy Lysterの下で助手をすることになりました。肝心の学業活動は、ついに自分の最も興味のあるSLAにどっぷりつかれるプログラムで、またStatisticsもとり、自分の研究計画力を一段階上げようと考えています。
McGillは驚異的にCompetitiveで、もう入学したこの時点でPhDのProposalを書かせられ、奨学金(Grant)の争奪戦が始まります。Roy Lysterは今年二人の弟子をとったのですが、その一人が僕で、なんともう一人も日本人。彼の名はMasatoshi。同じ27歳。でも既にRoyの下でマスターから徹底的に学んでおり、何と出版が3つも(しかも全部一流ジャーナル)ある!いやはや、早くも圧倒されたと同時に、こういう同期にめぐまれて本当にうれしい、というのが本音でしょうか(笑い)。
全てが始まるその前に、そこでやはり日本で見送ってくれた多くの人たちに、ここであらためて「ありがとう」を言わせてください。
昔の塾講師時代の友達が企画してくれた「同窓会」。教え子は本当に大人になって、まだアツイ気持ちを持ってるヤツと話ができた(その後会えなくてすまなかったです!)。そして当時の同期もRockに、本当に様々な道でがんばっている(笑い)。
高校時代の友達とは最後にバイクで三浦海岸までひとっとび。バイクで日本を回るのもこれが最後だろうから、本当に思い出をさんきゅう!
今回の滞在時に大変お世話になった、日本のSLA(第二言語習得研究)の星、中田達也さん、そしてアルクのシャワリさん、編集部の方々。最後に送別会で河合さんごちそうさまでした。中田さんと同じくSLAの市川さんもありがとうです。
大学時代の友達、今回はあんまり会えなかったけど、まさに一期一会だったです。みんな社会でどんどん上に向かってる。いつもいつも最大限によい意味でプレッシャーをうけます。
また今回この勝手な挑戦を暖かく見送ってくれた、英会話学校の生徒さんたち。そして大迷惑をかけたスタッフの方々。何通か応援のメールをいただいています。すぐに返信しますので、本当にうれしかったです!
そして何より最もそばで支えてくれたKANO先生、何かあったときいつも話を聞いてくれて、心からありがとうです。本当にそしてたくさん学ぶことが出来ました。
最後に両親それぞれと旅行をして今回の日本滞在は終了。父親と母親、それぞれとたくさん話が出来て、そして未来を語らえて本当によかったデス。
自分はまだまだ未熟で、ここカナダで好きなだけ頑張りたいのは確かです。でも今回日本滞在中に思ったのが、みなさんの話を聞くのが何よりの刺激だということ。もちろん社会の一流というレベルでドンドン結果を出し続ける人たちもいるし、また自分の自分だけのドラマに向けて一生懸命な人たちもいる。実は全員に同じ質問をしました。
「もし何を言ってもいいとして、5年後の最高の理想の自分をいってみてくれないか」って。
みなさんたくさん考えてくれて、そしていろんな答えを言ってくれたけど、そのしっかりとしたVisionにただただ衝撃を受けました。自分は自分一人で頑張るだけじゃなく、フィールドは違えど目標も異なれど、やはりみんなと全員一緒に人生をかけあがっていきたい。仕事、夢、家族、英語の勉強(英会話の生徒さん)、、、いろんなゴールに向けてお互い頑張りましょう。それではまたまた。
かずや
8/19/2008 Montrealはもう肌寒い8月16日の夜にカナダ‘Montrealに到着しました。
たくさんの人たちに応援され、迷惑もかけ、いろんな事があったけど、今ついにこの場所で自分の人生のピークへ向かいます。
街並はアメリカというよりはヨーロッパに近いかな。町中でフランス語がメインで話され、道路標識、スーパーの値札など全てもう理解できません(笑)。でもさすが地球の北っぱしにあるだけあって、もう肌寒いです。どうやら早くも秋が近いようです。今日は先日買った自転車でひとっ走り。街は適度にでかく、そして綺麗。自然もたくさんあります。アパートは大学からメトロで30分ほどの場所。ルームメイトはトルコ人で、ガン専門研究をMcGill大学で専攻し、つまるところお医者さんです。まだ何がおきるか分かりませんが、面白いことを報告していきます!
かずや 6/21/2008 未来へ -舞台表-それはまさに一瞬だった。
そう、たった一通のメールが僕の人生を完全に決めたのだ。
送り主は世界トップ10にも名を連ねる、カナダの名門McGill Univerisity。そして僕を担当する事になる教授、そしてこの世界で最大の有名人、Dr. Roy Lysterから直々のメッセージだった。
授業料全額免除、リサーチの助手のお仕事付き。その全ての条件でPhDに来ないか、というものだった。
あの時、僕はアメリカに夢を置いてきた。PhDを全て退学した。
日本に戻り、毎日あの場所にいた自分を思い出し、そして二度と戻れないあの場所に恋焦がれた。
NYバッファローを去るとき、昔から僕をよく知るある教授が言い捨てた。
”オマエは今まで何事もギリギリでやってきた。シラキュース大学での日本語教師職争奪、アメリカでの破天荒な生活、そしてマスター卒業。全てギリギリで、そして何とか上手くやってきた。でも今度だけはうまくいかない。謙虚になれよ、Kazuya, I gotta tell you, you will never be able to be back here”
今アメリカを離れたら、オマエは二度とここには戻ってこれない。
そしてその言葉は次の一言で締めくくられた。
"Make sure you are not that talentted"
全てが事実だったし、これが舞台裏の事実だった。
一見、虚勢をはるものの、あくまでそれは見た目だけ。勘違いするなよ、君の人生、そんなにたくさんいろいろ起きないよ。人間には「身分相応」というものがあり、オマエはその選ばれなかった者なんだから。
痛いほど噛み締めた言葉だった。しかし、これこそが僕の人生の最大のテーマだったんだ。
8月の中旬、僕はもう一度日本を去る。もう次は戻ってこないと思う。
僕の研究テーマである言語習得の研究がもっとも充実した、McGill大学で斉藤カズヤ27歳からの5年間。そしてその先はもう誰にも分からない。ただ限界までやりたい。
確かに、自分はたいした人間でもないし、何も特別な才能など何一つ感じたことは無い。そんな事は分かっている。だけど、そんな僕の人生、もし絶対に何も起きないのなら、本当に何も起きないんだって、そもそも「奇跡」なんて存在しなかったんだって、この目で確かめてから死にたい。
キレー事の反面、多くのひとが僕の決断で苦しみ迷惑をこうむりそうだ。本当にごめんさい。残り2ヶ月、僕は全身全力で東京で頑張ります。
かずや
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